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ふと、職場で感じる「なぜ」や戸惑いを、スッキリさせるブログです

【第2回】ふと、仕事との「両立」に疑問を感じたら

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1 雇用政策の潮流は 

 試しに、厚生労働省のウェブサイトで「両立」を検索してみると、
「仕事と育児の両立」、「仕事と介護の両立」、「治療と仕事の両立」が、
似た意味合いとして、「職業生活と家庭生活の両立」、
「仕事と生活の調和」、「ワーク・ライフ・バランス」
の用語を見い出すことができます。

 これらの雇用政策のテーマには、「仕事と暮らしとの両立」という
同根がみられ、仕事以外の事柄として、ライフサイクルの節目である、
育児、親の介護、病気の治療などの家庭・生活面が挙げられています。

 「両立」した状態のイメージとしては、「仕事」と「暮らし」が、
それぞれ良好に営まれ、かつ、双方の関係がバランスよく整っている様子
を思い浮かべますが、そうした状態は、
いったい、どのように成し遂げられるのか、
疑問に感じる瞬間があるのではないでしょうか。

 そこで今回は、この「両立」に思いをめぐらしてみたいと思います。

2 義務教育のときから「両立」が始まっていた 

 実は、義務教育の段階から、大方の生徒や保護者が、
「両立」の言葉を耳にします。
 公立中学校の半ば頃になると、「高校入試」の文字が頭をかすめ、
勉強と部活動の両立」の問題が浮上します。

 学校側の生徒管理上、教師との関わりが平穏無事で、
成績が良く部活動に打ち込む生徒像が、とかく推奨されます。
 他方、保護者側は、すみやかに下校させて塾の特訓を受けさせたい
ところですが、そうすると部活動が疎かになって、
内申書に響く懸念があります。

 このジレンマの解決策は、意外と簡明で、
入試本番までの限られた時間枠の中、
勉強と部活動への効率的な時間の配分と、
効果的な学習を通じた生産性の向上
の2点です。

 結果の差こそあれ、生徒自身の判断や行動を通じて、
事態を適切にコントロールする機会があるという特徴があります。

 

3 インターンシップは「両立」の片方 

 大学3年生の夏頃から、インターンシップをめぐる活動が本格化し、
学業と就活の両立」の場面に移ります。
 就職活動では、就職を試みる多くの企業が、
いわばステークホルダー(利害関係者)となります。

 これらステークホルダーとの関係で、就活生には、
社会人としてのコミュニケーションが求められるようになりますが、
他面、ES(エントリーシート)やSPIなどの適性検査、
累次の採用面接に対しては、自らの判断と行動を通じて、
ある程度の対策を講じる余地が残されています。

 

4 自立すると「両立」のおまけがもらえる 

 就職後は、「仕事と恋愛の両立」として、
「暮らし」のステークホルダーに恋人が加わり、
組織上のロジカルなコミュニケーションとは異なる、
情緒的なコミュニケーションが必須となります。
 相手との関係性は感情や感性に左右されるため、
自らの判断や行動を通じたコントロールは不安定な状態に
置かれるのが定番です。

 社会的自立が慣れてきた頃、
仕事と婚活の両立」の場面に移ります。
 婚約の段階になると、ステークホルダーが、
結婚相手の親兄弟にまで一気に広がり、
それ以降、ステークホルダーごとの多層的なコミュニケーションを
図り続けます。

 子どもの誕生後には、
仕事と育児の両立」の局面に移り、
乳幼児がステークホルダーに名を上げます。
 両親は、乳幼児の感情の起伏や健康状態に合わせるほかなく、
自らの判断や行動を通じたコントロールが及ばない事態が
異常発生するでしょう。

 しかも、子どもが成長すれば、幼保園や小学校の担任との関わり、
保護者同士の付き合いなど、ステークホルダーが目白押しとなります。

 一方、「不妊治療と仕事の両立」の問題を抱える夫婦にとっては、
身体・医療上の問題も重なり、自らコントロールできる範囲が
狭まざるを得ません。

 

5 中高年になっても「両立」は続く 

 中高年のステージでは、親の健康状態に応じて、
仕事と介護の両立」が問題となり、親の要介護状態を前提に、
身の回りのお世話や施設への入所といった応戦一方の対応を
迫られます。
 この局面では、自らの判断や行動を通じてコントロールできる範囲が
相当限られますが、こればかりは致し方ありません。

 年齢を重ねるにつれ、同窓会での病気自慢が始まり、そのうち、
治療と仕事の両立」の問題に直面します。
 仮に、治療の原因が命にかかわる疾病であれば、
身体・医療上のケアが不可欠となって、自らコントロールできる範囲は、
大幅に狭まってしまいます。

 ちょうどこの頃、社会的な責任が極限に達し、一部の並外れた方は、
諦観の境地に至ります。

 

6「暮らし」の難易度が高まる 

 ここまで、仕事と両立する「暮らし」の移り変わりをスケッチして
きましたが、大方の様相として、次の2つの理由から、
働く者の年齢が上がるごとに、
その判断や行動を通じてコントロールできる余地が、
不可逆的に狭苦しくなっていることに気づきます。

 1つめは、ステークホルダーが加算され続け、その都度、
その場その時にふさわしいコミュニケーションを通じて、
それぞれの関係性を慎重に安定させることが求められること、
2つめは、身体・医療上の対応が不可欠となり、
自らの判断と行動により事態をやり直す余地が相当狭まることです。

 前者について、例えば、
夫婦間の接近系コミュニケーションや義理の両親との気疲れ系コミュニケーション、ママ友や保護者間の探索系コミュニケーションなどでは、
相手や他人のプライバシーが話の対象になり得ますので、
ひょっとした言い間違えで、破局的な人間関係に陥りかねません。
 そこまでいかないにせよ、
思い描いていたような結末を迎えないのが、世の習いです。

 

7「暮らし」の扉 

 両立の一方である「暮らし」の難易度が高いということは、裏を返せば、
① 練度の高いコミュニケーションの習得と
② 最大の資産である健康の保持
を条件として、暮らしが堅調に営まれる見込みが高いことを意味します。
 そうなれば、仕事との両立も、たやすくなるでしょう。

 他方、「両立」の一方である仕事については、
同僚、上司、部下、取引先、顧客など多くのステークホルダー
いますが、詮(せん)ずれば、
相手との間合いが取りやすい社交的・儀礼的なコミュニケーション
に仕分けられます。

 ふと、仕事との「両立」に疑問を感じたら、雇用政策上の話とは別に、
あなたの知らない、「暮らし」の扉を共に開けてみましょう。

以上