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ふと、職場で感じる「なぜ」や戸惑いを、スッキリさせるブログです

異聞「三尺三寸箸」外伝 

 法話として衆目されている「三尺三寸箸」は、いつ読んでも、
心に適(かな)うお話です。

 そしていつか、気任せに、このお話を書き改めてみたいと
思っていました。

 そこで今次は、ひとまずの習作『三尺三寸の箸』を掲載しました。

 ご関心を抱かれた方は、どうか原典をご覧いただければと思います。 
   

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 『三尺三寸の箸』 

 

地獄の食堂 

 その昔、たいそう信仰心の深い男が、あの世の地獄と極楽を
一目見たいと、旅に出かけました。

 案内に導かれて、まず、地獄に着いてみると、そこは、
お昼時にもかかわらず、おぼろげながら薄明りのある食堂のようでした。

 横に長い食卓の両側には、地獄の住人たちが、向かい合わせに、
ずらりと並んでいます。

 そしてあろうことか、食卓の大皿の上には、美味しそうな海の幸、
山の幸が山盛りになっているように見えます。

 しかし不思議なことに、地獄の住人たちは、みな一様に、
骨と皮だけに痩せこけていて、無言で険しい顔をしながら、
椅子に座っていました。

 目が慣れてきて、のぞき込んでみると、彼らの手には、それぞれ、
三尺三寸(約1m)ほどの箸がくくられていました。

 食事が始まると、地獄の住人たちは、我先に、それぞれの長い箸を
必死になって動かし、あさましく自らの口へ運ぼうとします。

 しかし、腕よりも箸のほうが長いので、どうしても、口の中に
入れることができません。

 お馳走を器用につまんでみたものの、やはり、背中のほうに
落ちてしまいます。

 そうこうしているうちに、住人たちはだんだん不機嫌になり、
ある者は、業を煮やして顔を真っ赤に青筋を立てるように、
また、ある者は、隣人が箸でつまんだご馳走を奪い取ろうとして、
醜い争いになりました。

 

極楽の食堂 

 地獄の様相にいたたまれなくなった男は、次に、
極楽へ案内してもらいました。

 そこは、地獄の食堂と似た間取りのようでしたが、
夕暮れ時にもかかわらず、まばゆいほどの光明があふれています。

 地獄のときと同じように、食卓の両側には、極楽の住人たちが、
向かい合わせに、折り目正しく座っていました。

 もちろん、食卓の大皿の上には、美味しそうな海の幸、山の幸が
山盛りになっています。

 そして極楽の住人たちは、みな一様に、ふっくらとしていて、
にこやかに話をしていました。

 ただ、彼らの手には、地獄の時と同じように、三尺三寸(約1m)
ほどの箸がくくられています。これを見た男は、

「このような長い箸では、極楽の住人とて、いかんともし難いだろう。」
と、曇った顔になりました。

 やがて、食事が始まると、信仰心の深い男は仰天してしまいました。
 なんと極楽の住人は、長い箸でご馳走を上手につまむと、
「これは、いかがでしょうか。」
と言葉をかけて、向かい合わせの住人に差し出したのです。 

 すると、そのご馳走を満ち足りて味わった住人は、にこやかに微笑むと、
「ありがとうございました。今度は、お返しをさせてください。
どちらの料理が、お口に合いますでしょうか。」
と声をかけ、長い箸を使ってご馳走をつまんでいました。

 このようにして、極楽の住人たちは、和気あいあいと落ち着いて、
食事のひとときを愉しんで過ごしました。

 

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ふたたび地獄へ 

 極楽を後にした男は、ふたたび地獄へもどれるよう、
幾度も願い出ました。

 やっとのことで、地獄へもどった信仰心の深い男は、
「次の食事からは、地獄の住人たちも、たらふく食べることができる
 に違いない。」
との篤(あつ)い思いを秘めつつ、しばらく待つことにしました。

 食事の用意が整って、地獄の住人たちが食堂に入ってきました。
 彼らが、我先にと長い箸でご馳走をはさんだその時です。
 信仰心の深い男は食堂の前に進み出て、極楽での食事の仕方を、
親切に、そして丁寧に伝えました。

 ところが、地獄の住人たちは、やり方を改めるどころか、
お互いにらみ合いながら、

「お前なんぞの言ったことは、もう百も承知だ。」
「こんな嫌われ者のために、そこまでしてやる訳が分からない。」
「おれが喰うより先に、他人に喰わせるなんて、まっぴらごめんだ。」
「下品な奴に喰わせてもらったご馳走なんぞ、不味くて
 喰えたものじゃない。」

と、口々に罵り合いを始め、これまで通りのあさましい食事風景に
もどってしまいました。

 地獄の住人たちの目には、もう、信仰心の深い男は映っていません。
 さぞかし喜んで受け入れてもらえると待望していただけに、
信仰心の深い男は、あまりのことに言葉を失いました。

 そして、地獄の底なしのおぞましさを目の当たりにした男は、
俗世の生半可な温情から目覚めたかのように、
その場から立ち去ってゆくのでした。

以上