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ふと、職場で感じる「なぜ」や戸惑いを、スッキリさせるブログです

【第3回】ふと、職場の人づき合いに疑問を感じたら 

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 社会人になると同時に、一日で最も長く過ごす場所が職場に移り、
退職するまでの間、気の合う同僚ができたり、逆に、妙に気を遣ったり、
反目してしまう同僚、仕事以外のことを一切話さない上司や部下も
現れます。
 久しく働いても、人間味ある成長の実感がないばかりか、
職場のゴチャゴチャした人づき合いが煩わしくなる時が
あるのではないでしょうか。

 そこで今回は、職場での人づき合いについて、思いをめぐらせたいと
思います。

 

 

1 「みんな仲良くしよう」は小学校から始まった 

 小学校に入学した当初、担任の先生から、第一声、
「みんな仲良くしましょう!」
との訓示を受けたことを覚えていますでしょうか。
 義務教育の間、「みんな仲良く」の考えに感化されてきた
と思います。

 「友達といつも一緒に、楽しく話し、協力して活動したりする間柄」
が推奨され、低学年の頃はいいのですが、高学年になるにつれ、
仲良しグループが形成され、人気者がもてはやされたり、
グループの中心人物がクラス委員になったりする反面、
各グループに入れない少数の者を疎んじたり、ひいてはいじめが起きたり
する事態となります。

 

2「仲良くする」は勘違い? 

 実は、「みんな仲良くしましょう!」という訓示は、
自我が成熟していない児童にはふさわしいのですが、
大人になるにつれて、当てはまらなくなります。

 職場や工場の朝礼で、管理職が新入社員を紹介して、
「みんなで、仲良くしましょう。友達百人できるかな。」
と訓示する場面を想像してみてください。
 誰もが眉をひそめて、即座に退職するでしょう。 

 逆に、社会人になっても、「みんな仲良く」の幻影が
頭にこびりついてしまうと、特に、模範的な児童として
学校に過剰に適合してしまうと、実社会に入って、
一種のアレルギー症状を起こしてしまうことがあります。

 

3「仲」の本義 

 「仲良く」とは、「仲」が良好な状態を指しますが、それでは、
「仲」には、どのような意味があるのでしょうか。
 「仲」の漢字を半分に割りますと、
にんべん(立派な人物の意)+「中」の組合せで、
「中」には、2つの字義があります。

 一つは、「過不足のない状態」で、人徳の中庸(①)を意味し、
もう一つは、「中(あた)る」と読み、物事の本質を突くこと(②)

を意味します。
 正しき筋道に中れば人徳を得、邪道に中れば中毒症状に陥ります。

 この2つの意味を込めて、「仲良く」を解き明かしますと、
「(立派な人物にように)相手の人間性を見極めた上で(②)、
ほどよい間合いを保つ(①)」という本来の意味になりますし、
これでしたら、社会人の方も納得がゆくでしょう。

 

4 人づき合いの奥の手  

 実は、職場の人づき合いを爽やかにする奥の手の短文があります。

「且つ君子の交わりは淡きこと水の若(ごと)
 小人の交わりは甘きこと醴(れい)の若し。
 君子は淡くして以て親しみ、小人は甘くして以て絶つ。」

 意訳しますと、
君子の人づき合いは、水のように淡泊ですが、
 小人のそれは、甘ったるいベトベトした酒のように甘いものです。
 君子は、末永く親しい間柄となりますが、
 小人は、当初のうちベタベタしているけれども、
 そのうち連絡が途絶えてしまいます。)

 ところで、この文章の、どのあたりが奥の手なのでしょうか。
 

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5 知性と徳性 

 まず、主語の「君子」は立派な人、「小人」はつまらぬ人、
のように言われがちですが、実は、「君子」と「小人」の中身は、
知性と徳性の兼ね合いから導かれるものです。

 知性とは、「物事の仕組みや法則を見い出し、幅広い見聞を有すること」
で、その本分は、万物の道理を解明しようとする、
あくなき探求の精神です。

 徳性は、「知性で得た知識や知見を、他人のために役立てたり、
悩み困っている人に親切に教え伝えること」
で、その本分は、他人への思いやり、慈しみの精神です。

 

6 君子とは、どういう人柄か 

 そして、「君子」とは、徳性が知性を上回っている人のことを言います。

 「優れた知性を持ち合わせつつ、それを凌駕する人徳を備えている人」
はもとより、
「知性はやや劣るものの、他人へのいたわりが満ちている人」
も、君子の領域です。
 君主にもスケールの差はあります。

 身近な職場でイメージしますと、
「見聞が広く、率先垂範して担当業務をこなすだけでなく、
 上司や部下、同僚のほか取引先など幅広い方々の仕事がはかどるよう、
 人知れず心配りができる人」
が前者で、
「担当業務がルーチンで職制も決して上位ではないが、
 周囲の同僚や来客者に思いやりをもって親切に接する人」
が後者です。

 

7 小人は、どういう人柄か 

 一方、小人とは、知性が徳性を上回っている人のことを言います。

 「人に優しく接するわけではないが、知識は少し持ち合わせている人」
だけでなく、
「他人への配慮がそれなりにできるが、それ以上に知性が豊かな人」
も、小人の領域です。
 小人にもスケールの差があります。

 同じく職場でイメージしますと、
「担当業務に慣れ親しんで、一定の知見を持って業務をこなせるが、
 困っている同僚らに対し、自らの知見をわざわざ伝えて助けたり
 しない人」
が前者で、
「役員や管理職の肩書を有して仕事を精力的にこなし、組織に貢献する
 働きをするが、部下や同僚へのいたわりの気持ちや配慮が人並みで、
 所属する部門の雰囲気が、ことさら明朗になったり、
 居心地が良くなったりはしない人」
が後者です。

 

8「淡きこと水のごとし」の扉 

 「淡きこと水のごとし」の文意は、
小人のような「ベタベタした」接し方ではなく、
「あっさりとした」親交という訳語となりますが、
これだけでは、やや要領を得ません。

 そこで、「君子」が「徳性が知性を上回っている人」であることを
併せ考えますと、造作なく文意を読み取ることができるようになります。

 すなわち、
「いつも平穏に接しながら、同僚が困惑しているときには、
それとなく手を差し伸べて役立ち、苦境を脱した際には、
元のあっさりとした間柄に戻るとともに、
同僚が他人のために貢献しようと取り組んでいるときには、
陰ながら後ろ盾になって背中を押している。」
という状態が、
「淡きこと水のごとし」の現実的なイメージです。 

 もちろん、君主にもスケールの差はありますが、
徳性が知性を上回っているのでしたら、危うさや煩わしさから免れ、
穏やかな人づき合いが待ち受けている望みはあります。 

 もし、職場の人づき合いに疑問を感じたら、奥の手を思い出して、
あなたの知らない、「淡きこと水のごとし」の扉を共に開けてみましょう。

以上

 

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