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ふと、職場で感じる「なぜ」や戸惑いを、スッキリさせるブログです

【第4回】ふと、職場で働く高齢者に違和感を覚えたら

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  首都圏の通勤電車には、シャキッと背広を着ている白髪の高齢者が
珍しくありません。

 高年齢者雇用安定法では、65歳までの高年齢者雇用確保措置などを
定めるほか、老齢厚生年金は65歳からの受給ですので、
働く高齢者が増えるのも、うなずけます。
 一方で、60歳は還暦なので、職場で長寿祝いの高齢者が働いている
ことになりますが、「職場の高齢者」と「長寿祝いの老人」を同一人物
とみなすには、いささか違和感があります。

 そこで今回は、この違和感の正体を探るため、
「職場で働く長寿祝いの高齢者」に思いをめぐらしてみましょう。

  

1 長寿祝いとは   

 長寿祝いとは、健康で長生きしたことを祝福する風習で、
法律に基づく制度ではなく、時代や地方などによって
偏(かたよ)りがあります。
 例えば、昭和時代の初期頃までは、数え年で祝う習慣でしたが、
平成時代以降では、数え年を満年齢に読み替えて祝うのが主流です。

 まず、主な長寿祝いを挙げてみましょう。

還暦 〔満60歳〕  最年少の長寿祝い
 干支(えと、暦)が60年でひと周りして、最初の干支に
還(もど)ります。干支は、十干(じっかん、甲乙丙…)と
十二支(じゅうにし、子丑寅…)をシンプルに組み合わせた、
60通りあります。

緑寿 〔数え66歳、満65歳〕 平成に生まれた長寿祝い
 平成14(2002年)年に、(社)日本百貨店協会
新しい長寿祝いとして提唱したもので、
緑緑(ろくろく、66)が由来です。
 イメージカラーは、若さと活力を象徴した緑色で、環境やエコも
意識され、令和時代にもマッチした長寿祝いです。

古稀 〔数え70歳〕 社甫(とほ)が由来の長寿祝い
 唐の詩人社甫の「曲江」には、「人生七十古來稀」
(70歳まで生きるのは稀)とあります。

喜寿 〔数え77歳〕 日本が発祥の長寿祝い
 漢字「喜」の草書体が「㐂」で、これを分けると、
上側の七と下側の十七になります。

 その後は、
傘寿 〔数え80歳〕(漢字「傘」の略字が「八十」に見える等)、
米寿 〔数え88歳〕 (漢字「米」を分けると、八と十と八になる。)、
卒寿 〔数え90歳〕(漢字「卒」の略字が「卆」で、「九十」と読める。
          人生の卒業ではありません。)、
白寿 〔数え99歳〕(漢字「百」から上側の「一」を引く。)、
紀寿 〔数え100歳〕 (100年=1世紀)と、更に続きます。


2 実感のわかない長寿祝い

 いかがでしょう。正直、還暦や緑寿などは、やや若齢に
感じないでしょうか。
 それもそのはず、令和元年簡易生命表厚生労働省)によると、
男の平均寿命は 81.41 年、女の平均寿命は 87.45 年です。

 長寿とは長い寿命ですので、
平均寿命に至らない還暦、緑寿、古稀喜寿、傘寿は、
健やかに過ごすという点を除くならば、長寿の対象から外れても、
不思議ではありません。 

 実際、ビジネスパーソンが60歳で定年退職し、
還暦のお祝いをされても、口幅ったいだけですし、
60代は、まだ若々しく、人生や仕事にポジィティブに取り組んでいる
シニアの見習い世代です。

 若齢の長寿祝いは、既に、日々の暮らしの実感にそぐわなくなって
います。
 まして老人扱いなどされようものなら、目が三角になるでしょうし、
それは、法律上の「老人」の意味合いをみても、納得がいきます。

3 法律上の「老人」  

〇 国民の祝日に関する法律 (昭和23年法律第178号)
第2条 「国民の祝日」を次のように定める。
  (元日から山の日まで 略)
  敬老の日 九月の第三月曜日 多年にわたり社会につくしてきた老人を
                敬愛し、長寿を祝う。
  (秋分の日から勤労感謝の日まで 略)

〇 老人福祉法 (昭和38年法律第133号) 
 (基本的理念)
第2条 老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として、かつ、
 豊富な知識と経験を有する者として敬愛されるとともに、生きがいを
 持てる健全で安らかな生活を保障されるものとする。

 法律上、敬愛される老人とは、
「多年にわたり社会の進展に寄与してきた者」であって、
「豊富な知識と経験を有する者」ですから、
還暦や緑寿を過ぎた程度では、「老人」の仲間入りは、
あらかた予選落ちです。

 まとめますと、若齢の長寿祝いに実感がない点が、
冒頭の違和感の1つめの正体となります。

4 長寿祝いを法律にあてはめると 

 次に、若齢の長寿祝いを法律に当てはめてみますと、
その違和感がさらに際立ちます。
 そこで、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律 (昭和46年法律第68号)を取り上げ、
60歳を「還暦」に、65歳を「緑寿」に、70歳を「古稀
(数え年を満年齢に代替)に置き換えてみましょう。

 (定年を定める場合の年齢
第8条 事業主がその雇用する労働者の定年…の定めをする場合には、当該
 定年は、還暦を下回ることができない。(ただし書 略)

 (高年齢者雇用確保措置
第9条 定年(緑寿未満のものに限る。…)の定めをしている事業主は、
 その雇用する高年齢者の緑寿までの安定した雇用を確保するため、次の
 各号に掲げる措置…のいずれかを講じなければならない。
 一 当該定年の引上げ
 二 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、
  当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。…)
  の導入
 三 当該定年の定めの廃止
(第2項から第4項まで 略)

 (高年齢者就業確保措置
第10条の2  定年(緑寿以上古稀未満のものに限る。…)の定めを
 している事業主又は継続雇用制度(高年齢者を古稀以上まで引き続いて
 雇用する制度を除く。…)を導入している事業主は、その雇用する
 高年齢者…について、次に掲げる措置を講ずることにより、
 緑寿から古稀までの安定した雇用を確保するよう努めなければならない。
 (ただし書 略)
 一  当該定年の引上げ
 二  緑寿以上継続雇用制度…の導入
 三  当該定年の定めの廃止
(第2項から第5項まで 略)

(注)第10条の2は、令和3年4月1日から施行予定。

 要約すると、事業主は、
① 定年は、還暦を下回ることができない。(同法第8条)
② 還暦から緑寿までの労働者について、高年齢者雇用確保措置を講じなけ
 ればならない。(同法第9条)
③ 緑寿から古稀までの労働者について、高年齢者就業確保措置を講する
 よう、努めなければならない。(同法第10条の2)

 このように、還暦、緑寿、古稀は、高年齢者に係る雇用政策の対象に
取り込まれています。

 つまり、周囲から祝福される側というより、
労働者として仕事に励む側なのです。
 これが、冒頭の違和感の2つめの正体です。

5 年代でとらえる人の成長 

 人を年齢でとらえるという見方は、長寿祝いにとどまらず、
古くから登場し、論語』「為政」では、次のように述べています。

「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。
五十にして天命を知る。六十にして耳順(したが)ふ。
七十にして心の欲する所に従へども、矩(のり)を踰(こ)えず。」

 中高生の頃から馴染みのあるフレーズですが、おおむね10歳刻みとなっています。これを自流に意訳してみましょう。

「15歳にして、(知識の学でなく、)人徳の学について志を立てる。
        〔志学(しがく)〕
 30歳にして、ひとかどの人物として、世の中の役に立つ。
        〔而立(じりつ)〕
 40歳にして、自らの生き筋に迷うことがなくなる。
        〔不惑(ふわく)〕
 50歳にして、揺れ動く運命の中で、自ら命を立てる。
        〔知命(ちめい)〕
 60歳にして、人の言動が、人徳の道に照らして、
        たやすく見分けられる。
        〔耳順(じじゅん)〕
 70歳にして、自ら欲することが、人徳の道を踏み外すことがない。
        〔従心(じゅうしん)〕 」

 これは一見して、年齢の経過というより、人格や人徳の成熟に
フォーカスした内容です。
 人格や人徳の話であれば、現代にも活用できそうですが、
如何(いかん)せん、平均寿命が異なり過ぎます。
 そこで、最後のフレーズ「従心」の70歳を、
人生100年時代に引き伸ばしてみましょう。

志学 15歳  →  21.4 ≒ 就職する頃
而立 30歳  →  42.9 ≒ 管理職になる、起業する頃
不惑 40歳  →  57.1 ≒ 60歳(還暦
知命 50歳  →  71.4 ≒ 70歳(古稀
耳順 60歳  →  85.7 ≒ 88歳(米寿) 平均寿命に近い頃
従心 70歳  →   100 = 100歳(紀寿)

6 違和感を消し去る秘策

 ここで、『論語』「為政」の各年齢を引き伸ばした上で、長寿祝いの年齢をあてはめてみると、次のようになります。

「…40代前半にして、ひとかどの人物として、世の中の役に立つ。
 還暦にして、自らの生き筋に迷うことがなくなる。
 米寿にして、揺れ動く運命の中で、自ら命を立てる。…」

 これは、現代の諸事情に、わりかたマッチする内容ではないでしょうか。
 つまり、健康で長生きという「長寿祝い」が、
「人としての人格、人徳の成熟」にパラダイムシフトすることで、
その意味合いが一変します。

 冒頭の違和感のあるフレーズに当てはめてみますと、
「職場で働く長寿祝いの高齢者」が、
「職場で働く不惑の(自らの生き筋に迷いのない)高齢者」(還暦)や、
「職場で働く知命の(揺れ動く運命の中で、自ら命を立てる)高齢者」(古稀

に置き換えられ、一転して、敬意を込めたフレーズに様変わりしました。
しかも、なぜ、高齢者が職場に求められるのかが、ありありと分かります。

7 パラダイムシフトの扉

『「2024年問題」:人生100年時代を生きる将来世代の未来を
見据えて -「選択する社会保障」-』
(平成30年5月29日付け自由民主党政務調査会提言)は、

「わが国は、人生 100年時代が到来し、… 2024年には歴史上初めて50歳以上の人口が5割を超える国となる。まさに、どの国も経験したことのない事態であり、…」と述べています。

 これがリアルな日本の姿です。
 人口の過半数が50歳以上となりつつある現在、
60歳、65歳、70歳の節目は、長寿祝いや敬老ではなく、
むしろ勤労感謝に近づいています。

 ふと、職場で長寿祝いの高齢者が働いていることに違和感を覚えたら、
あなたの知らない、パラダイムシフトの扉を共に開けてみましょう。

以上